大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)807号 判決 1967年9月26日
控訴人・原告 境野清雄
訴訟代理人 前堀政幸
被控訴人・被告 近江絹糸紡績株式会社
訴訟代理人 芦苅直己
主文
原判決をつぎのとおりに変更する。
原告の左記(一)ないし(三)の決議不存在確認の請求を棄却する。
被告の昭和三八年一二月二三日第八七回定時株主総会における左記(一)ないし(三)の決議を取消し、同(四)の決議は無効であることを確認する。
左記
(一) 第八七期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する。
(二) 森利政、松本達雄を取締役に選任する。
(三) 芦苅直己を監査役に選任する。
(四) 退任取締役丹波秀伯、同江口見登留、同西村貞蔵および退任監査役青木一男に対して、それぞれ慰労金を贈呈することとして、その金額、時期、方法等については取締役会に一任する。
訴訟費用は一、二審ともに被告の負担とする。
事実
第一、申立と原判決主文
(原告の申立)
原判決を取消す。訴訟費用は一、二審ともに被告の負担とする。
「一次的請求」
主文表示の(一)ないし(四)の決議が存在しないことを確認する。
「二次的請求」
主文同旨
「三次的請求」
主文表示の(四)の決議を取消す。
(被告の申立)
控訴棄却
(原判決の主文)
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、事実上の主張と証拠関係
つぎに記載する外は、原判決記載のとおりである。
(原告の主張)
一、本件株主総会は、権限ある議長によつて適法に開会の宣言がなされていないとの主張は撤回する。
二、1 一部の株主は、過去において隠されていた被告の前社長丹波秀伯の一億二、〇〇〇万円に及ぶ不正又は不当の支出、並に、現社長高見重雄の二億四、〇〇〇万円に及ぶ架空利益金の計上と、これによる不正配当の事実を知つて、本件株主総会でこれを糾明しようとしていた。このように議案に反対する株主の出席を予想した高見社長らが警察力を利用し、その威圧の下に株主の反対発言を封じ又は無視して、不正な議案の可決を得んものとし、仮装株主多数を会議場に出席させ、議事進行が紛糾して暴力沙汰を生じ議場が混乱したのを奇貨として、これに乗じ議案の説明及び質疑応答を回避し、各議案につき可決の形式を装つたものである。右のように本件株主総会の議決は事実上存在せず決議は無効であり、しからずとするも右議決は法令に違反し、著しく不公正な方法によるものである。
2 本件株主総会に先立つ株主名義書換停止の直前になつて、被告はその縁故関係にある訴外近江興産株式会社が株主になつていた一万数千株の株式を、被告の社員百数十名にそれぞれ一〇〇株宛の仮装譲渡による名義書換を行い本件株主総会に右仮装株主を出席せしめて、決議に参加させた。
右名義変更を受けた社員は、いずれも株式対価の支払をしていなく、その期の株式配当金の支払も受けていない。この事実によつても右名義変更は、株主総会対策上の仮装譲渡であることが明瞭である。
本件株主総会の出席株主数は三、五七八名で、そのうち委任状による者三、二六七名を控除すると議席に列した実数は三一一名である。そのうちに百数十名の被告の作為による仮装株主が入つていたのである。このように出席して議決権を行使した多数の者が株主ではなかつた。
3 訴外川原哲朗も株主ではないのに株主である未成年の子史朗本人として本件株主総会に出席して議決に参加していた。
4 以上の事実は、議決方法が著しく不公正であるとの従前の主張内容を追加主張するものであつて、被告主張の如く不適法なものではない。
三、被告の発行済株式総数は六、〇〇〇万株で、本件株主総会に出席した株主の議決権総数は四、三一八万四、二〇三個であることは認める。
(被告の主張)
一、株主総会決議取消の訴訟で取消原因の追加主張が認められるのは、決議の日から三箇月の出訴期間内に限られる。原告の非株主が議決に参加したとの主張は、右期間経過後になされたものであるから、商法二四八条一項に反する不適法なもので、却下せらるべきである。
二、本件株主総会のための株主名簿閉鎖の前に、相当数の被告の従業員が訴外近江興産株式会社から、その所有株式の譲渡を受けて株式名義の書換を了し、本件株主総会に出席して議決に加つたことは認める。その余の原告主張事実は否認する。なお親権に服する子が所有する株式については、親権者が子の名において議決権の行使ができるものである。
(証拠関係)
「原告」甲六号証提出。証人吉田耕造、沢実英、川原哲朗、桑原昌弘、大熊章夫、国沢和夫の各証言援用。原審における証拠保全としての検証の結果援用。
「被告」証人鈴木脩蔵の証言援用、甲六号証の成立を認。
理由
一、一次的請求に対する判断。
株主総会決議不存在確認請求の訴は、有効な決議が存在しないことの確認を求める趣旨としてのみ肯定されるものであつて、決議無効確認請求の訴の一種である。従つて、同一訴訟において、一次的請求として不存在の確認を求め、二次的請求として無効確認を求めている場合にも、二個の請求が存在するものではなく、決議の無効事由として決議の不存在と決議内容の法令又は定款違反とを主張する一個の請求が存在するに過ぎないものと解すべきである。よつて、本件(四)の決議についての、不存在確認と無効確認は、これを一個の株主総会決議無効確認の請求として、次項で判断することとする。本件(一)ないし(三)の決議不存在確認の一次的請求は、当裁判所も失当と考えるものであつて、その理由は原判決に記載のとおりである。よつて右請求を棄却した原判決は相当である。
二、(四)の決議無効の確認を求める部分に対する判断。
株式会社の役員が取締役会の決議により会社から無制限に金員の支給を受けられることになると、お手盛りまたは馴れ合いにより会社から不当な支給を受けて、会社ないし株主に損害を与える危険があるので、これを阻止するために商法二六九条二八〇条が設けられている。そして、不当支給はひとり職務執行の対価についてのみ生ずるわけのものではなく、特別功労に対する報償金、慰労金その他の贈与についても同様の危険が存在する。また、株式会社役員の交替の実情から考えると、退職役員に対する支給についても取締役会の決議によるときはお手盛りまたは馴れ合いの虞れが少なくない。
退職の取締役、監査役に対する慰労金というのは、一般に在職時の職務執行の対価たるの性質を有するものであり、仮にこれが他の性質を含んだものである場合にも、商法二六九条、二八〇条を設けた趣旨から考えると、右規定にいわゆる取締役、または監査役に対する報酬に該当するものと解すべきである。右規定により株主総会が役員の報酬を定めるにあたつては、細部を取締役会に委譲する場合においても、支給すべき報酬の最高限度額は自らの決議により定めることを要し、このような制限を付することもなく、一切の決定を取締役会に一任するような株主総会の決議は右規定に反するものであつて無効というべきである。
本件株主総会において、主文表示(四)の決議をしていることは、原判決記載のとおりである。右決議は、退任取締役丹波秀伯、同江口見登留、同西村貞蔵及び退任監査役青木一男に対して慰労金を贈呈することとして、その総額の最高限度を定めることもなく、金額、時期、方法等をあげて取締役会に一任しているものである。証人鈴木脩蔵の証言によると、被告の取締役会は更に右権限をあげて代表取締役社長高見重雄に一任し、その結果、同社長は右丹波秀伯に慰労金として五、〇〇〇万円を贈つたことが認められるが、他の退職役員に慰労金を贈つたか否か、または、被告には退職役員に対してこのように多額の慰労金を贈つた前例があつたか否かは明らかでない。被告に退職役員に対して慰労金を贈るような慣例があつたことについては何等の主張立証もなく、前記決議に際しては本件株主総会に高見社長が「在任中の功労に報いるため慰労金を贈呈する」と述べただけで、他に何らの説明も、また質疑討論もなされていないことは後記認定のとおりである。他に右慰労金の性質を明確にできる資料はない。右鈴木証言と弁論の全趣旨によると、丹波秀伯には被告の子会社からも二、〇〇〇万円が贈られて、被告からの慰労金五、〇〇〇万円と合わせた七、〇〇〇万円から課税相当額を控除した残五、八〇〇万円を以て告訴事件になつていた被告の同人に対する仮払金五、八〇〇万円を弁償したことに被告の帳簿上の処理がなされていることが窺えなくもないが、この事実だけでは、横領額にみあう慰労金を同人に与えることにより、その不正行為を正当化しようとしたものとの原告の主張を認定するに十分でなく、他にこれを肯定するに足る証拠もない。
しかしながら、右慰労金が在職時の職務執行の対価としての性質以外のものを含んでいるものであつても、商法二六九条二八〇条にいわゆる報酬に該当するものというべく、その総額の最高限度の定めをすることもなく、これをあげて取締役会に一任することとした(四)の決議は右規定の趣旨に反する無効のものと解すべきことはさきに説明したところから明らかである。よつて右決議の無効確認を求める部分は正当として認容すべきである。
三、(一)ないし(三)の決議の取消を求める部分に対する判断。
1 原告は、当審において決議取消の理由として、本件株主総会における非株主の出頭とその議決権行使の事実を主張したのに対して、被告は商法二四八条一項の期間経過後は新たな取消理由の追加が許されないから、右主張は却下すべきであると主張する。取消訴訟において取消事由の追加変更を許さないことにすると、一見訴訟の解決が早くなるように考えられる。しかし訴訟資料の入手が困難な立場にある取消訴訟の提起者が、右期間内に判明していなかつた理由につき資料を入手する場合に備えて、概括的抽象的に取消理由を主張し、あるいは、想定上のあらゆる具体的取消理由を主張するようになると、訴訟状態が無用に複雑となつて、かえつて訴訟の早期解決ないし決議の効力の確定を妨げることにもなりかねない。民事訴訟において口頭弁論の終結に至るまで攻撃防禦法の提出ができるとする原則が採用されていることには、相当の根拠と深い理由があるのであるから、これが例外は強い必要と合理的理由がない限り認められない。そして、行政処分取消訴訟における出訴期間に関する規定と株主総会決議取消訴訟の出訴期間に関する規定は同一の形式であるにも拘らず、行政処分取消訴訟の場合には出訴期間経過後の取消事由の追加変更が許されるものとされている。しかるに、早期確定の必要度において、行政処分の効力は株主総会決議の効力にまさるとも劣るものではない。株主総会決議取消訴訟の場合の取消理由の主張につき、民事訴訟の原則に反してまで強い制限をする必要が考えられない。右取消理由の追加変更は、民訴法一三九条(準備手続を経たときは同二五五条)の制約の下に口頭弁論の終結に至るまで行うことできるものと解すべきであるから、これに反する被告の抗弁は採用できない。加うるに、原告の当審における追加主張の事実は、株主総会の決議方法が違法かつ著しく不公正であるとの従来の主張の範囲でこれを補充するものに過ぎないとも解せられる。よつて、被告の抗弁はこの点からみても失当である。
2 原審及び当審証人吉田耕造の証言と弁論の全趣旨により成立を認めることができる甲一、二号証と乙一号証、右吉田証言、当審証人鈴木脩蔵、同沢実英、同大熊章夫、同国沢和夫、原審証人芦苅直己、同重野誠男、同新田義照、同井本清春、同村田一郎の各証言(いずれも後記認定に反する部分を除く。)、及び弁論の全趣旨を合せて考えると、つぎの事実を認めることができる。
(1) 被告は、丹波秀伯に対し取締役として在職中に仮払の名目で五、八〇〇万円の横領の疑いのあるような支払をしている外多額の不当支出をしていた。また被告の第八一回から第八六回の各決算期の間、貯蔵品、原料等を水増しの評価をし、支払手形、買掛金の計上を一部分しかせず、被告の建物が地上に存在する時価六〇〇万円位の土地をいわゆる小会社に四億円で売渡したように仮装する等の方法で架空の利益を計上し、その総額は約八億円に達していた。原告は、被告の一一万株の株主であるが、本件株主総会の前に、当時の取締役丹波秀伯を業務上横領の罪により代表取締役社長である高見重雄を商法四八九条三号の罪(蛸配当の罪)により、いずれも大阪地方検察庁に告訴していた。右告訴により捜査が進められていたので一部の株主がこのことを知り、本件株主総会において同社長らの責任を追及しようとする気運が生じていた。その頃東京の総会屋である松葉会の多数の会員に被告株式の名義が書き換えられていた。被告の役員らはこの情報を入手したが、当時取締役を退任していた丹波秀伯が個人的に一、二度松葉会と事前折衝をしただけで、被告の高見社長、夏川鉄之助専務取締役らは、総会対策として事前に松葉会員らと折衝するようなことはなく、強い態度で株主総会に臨む方針を決めた。
そして本件株主総会の約一箇月前に被告から東警察署に対し、本件株主総会のときは種々の問題が生じるかも知れないと予報した上で、当日の警戒を依頼した。
更に、高見社長らは、相当数の出席が予定される松葉会員らに対抗させるため、多数の被告社員を株主として本件株主総会に出席せしめることとし、本件株主総会のための株主名簿閉鎖の前日になつて、夏川専務の支配下にある訴外近江興産株式会社所有の被告株式を、被告本社勤務の男子社員九〇名に、一名当り一〇〇株宛の割合で名義書換をした。
しかし、本件株主総会当時に株券の交付を受け、または、株式代金の支払をした者は、右名義書換を受けた社員中に一人もなく、その決算期の株式配当金も右社員らにではなく、すべて訴外会社に支払われた。右社員中の四、五名だけが、本件株主総会に株式代金を支払つて株券の交付を受けているが、これも相当の日時が経過した後のことである。
被告の総務部長吉田耕造は、右名義変更を受けた社員と従前から被告の株主であつた社員に対し、社長命として、「本件株主総会には開会の午前一〇時より一時間位前に出席し、議案に賛成のときは大いに拍手をして賛成の旨を表現して貰いたい、但し暴力の行使は絶対にしないように」と指示をした。
(2) 本件株主総会当時の被告の発行済株式総数は六、〇〇〇万株であつて、当日の出席株主数は委任状によるもの三、二六七名を含めて三、五七八名であり、この議決権の個数は委任状によるもの三、八八七万三、七〇四個を含めて四、三一八万四、二〇三個であつた。そのうち自ら出席したのは三一一名であるが、そのなかには松葉会員の約三〇名と右名義書換をうけた約九〇名に従前からの株主を合せて百数名の被告の社員が含まれていた。原告は前記のとおり高見社長らを告訴していた開係もあつて、本件株主総会には出席していなかつた。
被告の総務部長であり株主でもある吉田耕造は株主から被告に送付してきた委任状を持つてこれが受任者として出席したが、右委任状の内訳は、原案に反対が三、五〇〇株、賛成または白紙委任の合計が三、八八七万株であつて、後者の議決権数は全議決権数の六〇パーセント前後でこれのみによつても過半数を超えるものであつた。
(3) イ、本件株主総会は大阪市東区内本町橋詰町五八番地コクサイホテル七階において昭和三八年一二月二三日午前一〇時に開かれることになつていたが、定刻前に定足数を超える株主が出席し、会議場は超満員の状態で騒然としていた。
高見社長が定刻頃に入場して定款により議長となつて開会すべく議長席についたところ、相当多数の株主から「議長不信任」「緊急動議」等の発言があつたが、高見社長はこれを不信任動議として取り上げようとしなかつたので数名の株主が議長席におしかけてきた。高見社長は「定款に従つて議長をつとめるものであつて、一部の方が議長の資格がないとか議長不信任とか言つても、これにとりあうわけにはまいらない」と発言して不信任動議をとり上げない態度を明確にしたので、会場は更に混乱した。会場内の秩序を回復することができない状態になつたので、高見社長は午前一〇時一五分頃に休憩を宣して退席し、他の取締役らと控室で約一時間四〇分に亘つて対策を協議した。
その結果一部株主の反対を押し切つて議事を強行することとなつた。
ロ、午前一一時五五分頃高見社長は議長席につき野次と怒号で騒然たるふんいきの下で開会を宣した。再び相当数の株主から議長に対し発言を求め、または議長不信任の発言があつたが、高見社長は、これを黙殺して、発言を許さず、また議長不信任動議の成否を確かめることもなく、第一号議案「第八七期(自昭和三八年四月二六日至同年一〇月二五日)営業報告書、貸借対照表、損益計算書ならびに利益金処分案承認の件」を読み上げて議題の宣告をし、直に監査役の報告を求めた。監査役芦苅直己は第一号議案につき適法であると報告し、公認会計士の監査が行われていると付加した。右発言はマイクにより行われたが、出席株主にはとぎれとぎれに聞える程度であつた。右議題については役員から何らの説明もなく、通常行われる社長の営業報告もなされなかつた。高見社長は株主に質疑討論の機会も与えないで、いきなり「賛成の方は拍手を」と発言したところ、多数の社員株主らが賛成といいながら盛んに拍手し、吉田部長も拍手をした。高見社長は同人が拍手するのを確かめて、拍手多数により可決された旨を宣した。高見社長は吉田部長が過半数の委任状を持つているので、同人さえ賛成すればよいと安易に考え、議事運営が困難なふんいきの下であえて議事を強行し、右議案につき質問の準備をしていた株主らにも質疑討論の機会を与えなかつたものである。
また、吉田部長は前記のとおり原案に対して反対と賛成の双方の委任状による受任をしていたのであるが、議案の採決に際しては何らの留保もすることなく、無条件に賛成の拍手をしているのであるから、内心の意思如何に拘らず、自己所有株式と受任株式の総数につき議決権の行使として賛成意思を表示したことになり、原案反対趣旨の委任状の関係では、あきらかに委任の趣旨に反した議決権の行使をしているわけである。
右強行採決に憤激した二、三の株主は、議長席に殺到して、議長のマイクを奪つたり、椅子を振り上げたり、またはテーブルをひつくり返す等の暴行に及び、会場内の混乱ははなはだしいものとなつた。高見社長は午後〇時一〇分頃に休憩を宣して退席した。その際二、三の株主が警戒中の警察官に逮捕されたが、松葉会員であつたか否かは明確でない。
ハ、午後〇時二五分頃に会議は再開され、高見社長は議長として、第二号議案「取締役三名任期満了につき二名改選の件」を読み上げて議題を宣告すると同時に、議長に指名権を与えられたいと述べ、一部株主からの賛成の発言を聞くや、取締役として森利政、松本達雄を指名して賛成者の拍手を求め、吉田部長の拍手を確かめて可決を宣した。その頃には警察機動隊もホテルに到着して警戒に参加するに至つたが、再び会場が混乱して、高見社長は退席した。
ニ、午後〇時四〇分頃高見社長は議長席につき、第三号議案「監査役一名任期満了につき改選の件」を読み上げて、議題を宣告し、第二号議案の場合と同様の経過で監査役として芦苅直己を指名し、吉田部長の拍手を見て可決を宣した。
引続き、第四号議案「退任役員に対し慰労金贈呈の件」が上程されて、高見社長は「退任取締役丹波秀伯、同江口見登留、同西村貞蔵、退任監査役青木一男に対し、在任中の功労に報いるため慰労金を贈呈し、金額、時期方法については取締役会に一任願います。」と提案した上、右同様の経過により可決を宣し、午後〇時四五分に閉会を宣した。
ホ、第二ないし第四号議案の審議採決も、マイクを通じた議長の発言すら株主には十分に聞きとれない状態の騒然たる会場で、議案の説明、質疑討論もなく、吉田部長の拍手により可決が宣せられたものであることは、第一号議案の場合と同様である。
以上のとおり認定することができる。各証人の証言中の右認定に反する部分は他の証拠と対比して信用できない。
3(1) 訴外近江興産株式会社から株式名義の書換を受けた九〇名の社員は、本件株主総会当時にいずれも株式代金の支払及び株券の受領をしていなく、その決算期の株式配当金はすべて被告から訴外会社に支払われていることは前記のとおりであり、この事実と前記認定のその他の事実を合わせて考えると、右株式名義の書換は被告の高見社長、夏川専務らが被告の社員を本件株主総会に出席させる手段として行つたものに過ぎなく、当時右社員らは被告の株主となつていなかつたものと認定するのが相当である。高見社長命としての吉田部長の指示により、右社員らが本件株主総会に出席して株主として議決権を行使していることは前認定のとおりであつて、本件(一)ないし(三)の決議は非株主の参加した違法の方法によるものといわなければならない。
(2) 株式総会は多数決原理の支配する会議体であり、多数決は適法なる議事運営手続の結果である場合に限り会議体の意思としての価値を有するものとされる。会議体の意思としての結論は多数意思の決するところであるが、これに至る道程としての議事運営は小数意見尊重の精神を基調としたものでなければならない。会社の業績が良好で資本が経営を全面的に信任している場合の株主総会は、一般にそうであるように「形式のために指揮者により迅速に演出される見物人の少い喜劇」であつても問題とすることはない。しかし、本件株主総会のように、不正支出や粉飾決算があるとして会社役員が株主から告訴されているような状況の下に開催される場合においては、会議体の議事運営に関する原則に従つた実質的な質疑討論が特に必要とされるのである。平常時に形式的な決議をする場合の慣行は、このような非常の場合の総会の議事運営につき、慣習としての効力を有しないものと解すべきである。
高見社長は蛸配当につき責任ありとして原告から告訴までされており、一部の株主は本件株主総会において、この疑惑を解明しその責任を追及しようとしていた。そして第一号議案は計算書類の承認に関するものであつた。高見社長は、このように紛争の渦中にあつて、議事進行につき適正を欠くとの疑惑を持たれるのが当然とされる立場にあつたのであるから、定款には社長が総会議長をする旨が定められていても、公正なる議事運営のために自発的に議長を他に譲るべきであつたと思われる。前認定の事実よりすると、会場が騒然となつていたのは、一部株主が経理上の疑惑に対する会社役員の責任を糾明しようとしていたことによる興奮が主たる原因と考えられる。従つて、高見社長が議長を辞するとともに、経理上の問題点については進んで解明に協力するの態度に出ていたとすれば、議事は本件株主総会と全く異なつた進行を遂げ、無為に経過せしめた前後三回二時間余に亘る休憩時間も実質的質疑討論に振り向けることができたかも知れなく、その可能性は大であつたのである。そして、これが社長たる者の、また、株主総会のあるべき姿なのである。
しかるに、高見社長は、相当数の議長不信任または資格なしとの発言に対しても動議としての成否を確かめることもなく、「一部の方が議長の資格がないとか、議長不信任とか言つても、これにとりあうわけにはまいらない。」と述べて、議長として議事を強行する態度を示し、興奮している株主を更に刺激して会場の混乱を助長しているのである。
約一時間四〇分の休憩後に再開したが、会場内は野次と怒号のためマイクを通じた議長の発言すら断続的に聞える程度であつて、議長の附近に位置していた者はともかく、その他の株主らには議事の進行をわずかに会場の気配で感じとるの外ない状態であつた。高見社長は混乱を収拾して会場の秩序を回復することもなく、正常な議事運営の期待できない状態の下で強引に議事を進めたが、議題についての説明もなく、株主に質疑討論の機会も与えなく、また、賛否を拍手に求めるというような不完全な表決方法をとつて、過半数の株主の受任者たる吉田部長の賛成拍手を見て、本件(一)ないし(三)の議決が成立したものとしたことは前認定のとおりである。また、吉田部長は、前記認定のとおり原案賛成と反対の双方の委任状による受任をしていたが、原案反対の委任状の分についても、賛成の意思を表示して議決権を行使しているのである。以上の事実によると、本件(一)ないし(三)の決議は、その方法が著しく不公正であつたものといわなければならない。
(3) そうすると、本件(一)ないし(三)の決議はその方法が法令に違反するとともに、著しく不公正であつたから取消さるべきである。これが取消を求める原告の二次的請求は正当として認容すべきである。
三、結論
本件(一)ないし(三)の決議の不存在確認を求める原告の一次的請求を棄却した原判決は相当であるが、右決議の取消を求める二次的請求及び本件(四)の決議の無効確認の請求はいずれも正当であるのに、これを棄却したことは失当であるから、原判決を主文のとおりに変更することとする。
よつて、民訴法九六条九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚郎 裁判官 新居康志)